僕はもう疲れた。

ただただ正直な気持ちを書く。

AさんがBさんを嫌いになるのはしょうがないけど、AさんがCさんにBさんの悪口をいうのはダメという話。

 

小学生のときに

先生が教えてくれた話をふと思いだし

それが、人生すべてを支えてくれるぐらい大事な言葉だったんだと感じたので

書き留めておく。

 

タイトルからみてわかるとおり

人間関係の話だ。

 

先生は最初に言った。

人が人を嫌いになるのはしょうがないことだと。

そして次に言った。

大事なのは、その嫌いな気持ちを広めないようにすることだと。

 

AさんがBさんを嫌いになるのはしょうがないこと。

人間なので誰しも人を嫌いになることはある。

 

ただし

その解決法方として、第三者を自分の見方につけて

集団でBさんを嫌いになることを正当化するようなことは

するべきではないという話だったと思う。

 

AさんがBさんを嫌いになったことは

AさんとBさんで解決するべき話である。

 

CさんまでBさんを嫌いになる必要はないよね。

という話。

 

 

ここまで聞けば、

全くおっしゃる通りで反論する余地などないのだが

現実は全くこの逆で、

ほとんどのAさんは大体CさんにBさんの悪口を言っていると思う。

 

あの人嫌なやつだよねキャンペーンをうまくやり

自分が個人的に嫌いな人を、

嫌いな人 → 嫌な感じの人 → 一般常識からずれている人 → 嫌われてもしょうがない人

に変化させる。

まぁ賢い大人は、そこから攻撃したりはしないのだが

スーパー上から目線で、AさんがBさんを許してあげる構図にして

ヒエラルキー的にAさん>Bさんとなるようにする。

 

これはおそらく

たぶん誰しも見たこと経験したことがあるパターンだと思う。

 

というかみんなやってるし、されたことがあると思う。

もちろん私もその一人だ。

 

小学生のときの先生がおっしゃっていたことはもっともなのだが

結局1対1の戦いというので、論理的な決着がつくことはなく

大体は、より感情的に怒っている方や立場的に強い方が

勝ってしまう傾向にあるような気がする。

 

特に管理職の人とかは

一人一人相手にしていたらきりがないので

こうやらざるを得ないな

というのは見ていて理解できることもあるし

平のサラリーマンでも

大体の人は

じっくり二人で話し合う時間も体力もない。

 

だから、まぁ手っ取り早く結論を出すために

大人は多数決をとる。

そこに微塵の悪意もないと言い切れる人は少ないと思う。

 

しっかりした人は自分が悪者になったときも

スマートに非を認め場が早く収まるように努めるのだが、

そんな人は年齢に関係なく一握りの人間であり

大体の人は

落ち込むか、ふてくされるか、キレる。

私はキレる。

 

 

つまりこれは

友達関係とかそういう自分の個人的なテリトリーは別として

社会の中では、私は非常に弱い立場なので

誰かの力を借りなければ負けっぱなしになる

だから、おれはCさんにもBさんの悪口をいうよ。

という話。

 

非常に良い話をしてもらっていて

この話は絶対に無駄じゃないけど

 あなたの教え子はこんな感じに仕上がりました。

先生ごめんね。

という話。

 

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